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都電網研究会インタビュー#1

竹田順一さん 
(NPO法人 横浜にLRTを走らせる会 監事)
2006年11月3日 渋谷にて

◇練馬に住みだしたのが昭和20年で、当時は板橋区の一部だったんだけど、あのあとすぐ練馬区ができたんだよね。

都電の17番というのは、池袋の西武の前から護国寺を経て数寄屋橋まで。当時はまだ丸ノ内線が開通していない時代で、有楽町まで山手線でパッと廻れば行けないことはないんだけど、あんまり山手線に乗る発想もなくて、何となく手軽な乗り物として、結構良く利用したんですよ。数寄屋橋が終点なので、銀座行くにしてもどこ行くにしても、よく乗りました。

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私は当時は中学生だったから、その分際で都心にひとりでなんかで出ることはあまりなくて、母親に連れられてっていうケースが多かったんだけど、母親が簡単に手軽に乗れるものだというんで、よくついていって、乗りましたね。当時から車内はガラガラってことはなくて、結構混んでた印象がありますね。

池袋から数寄屋橋には、まあ30分じゃあ行かないよね、1時間近くかかったのかも知れないけど、立ったままでも、車窓に映る街並みを眺めながら、それもゆっくりした速度で行ってくれるもんだから、これは子供心に楽しかったねえ。

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銀座に行くと写真にもありますように、あの四丁目を中心にして晴海通りと銀座通りの交差する一番の中心街で、そこで前後左右にそういう乗り物がね、目に見えて動いているから、新橋に行くとか、上野に行くとかでもわりと、乗るのにいろいろ考えないで、手軽に利用させてもらったという思い出はありますよ。

都電のなかで、印象に残ってるのが三か所あってね。まず17番・・・それに、銀座四丁目を通る電車、三田の方から1番の電車が来るんですよね。それから上野の駅前。西郷さんの銅像を前にして、ここから銀座に行けるんだとか、こっからこっちへ行けるんだとか。上野ってのは・・・当時は、集団就職の列車の終着駅が上野なわけですよね。

私も地方の出だから、そういう意味では身近に感じる部分があって、上野に来てみれば、ああ、この電車なら銀座に行けるんだとか、そういう部分で上野でも「銀座」っていうのは身近に感じられたってのはね、印象に残ってますよ(笑)。

上野って、駅前からちょっとカーブして、西郷さんの銅像の下を通って行くわけですから、コレに乗ってね、ああ、これから銀座に行くんだっていう、そういう印象がすごく残ってまして(笑)上野の駅舎なんか今までずっと変わらないでいるけど、そんななかで、都電という交通機関としての「目に見える便利さ」っていうかな(笑)、すごく感じられたものですね。

特に、昼間も良いんですけど,夜になるとね、当時は今の風景よりはかなり明かりの少ない感じでしたから、都電の灯りってものは、いわば動く道標としてね、あっちが銀座だこっちが池袋だというような、そういう感じがしました。そういう意味では池袋、銀座、上野ってのは都電の思いでの三大拠点として私の中にありますね。

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私は3年、仕事場を銀座四丁目にもった時代があるんですよ。昭和37年ですけどね。そのころは、この写真にあるように、和光から三菱のビルと、こっちが森永の地球儀ね。もうひとつの都電の思い出は晴海通りを走っている、何番の電車だったかな、勝鬨橋を渡るってのが印象にあるんですね。私の友達が築地のちょっと向こうのほうにいたもんだから、よく行ったんですが、勝鬨橋は昔はある時間になると、船が通るとき開いて戸が閉まる・・・その間はストップする・・・で、そこを電車が通るっていうね。今思うと考えられないよね(笑)。

>>今は、勝鬨橋をまた上げる集まりもあるということですよね。

◇ああ、ありますね。それは聞いてますねえ・・・小学校5年のころ、修学旅行が勝鬨橋ってのがあったしなあ(笑)実現するかなあ。

銀座の四丁目も、今でこそ朝から晩までラッシュみたいだけど、私はたまたま12月31日に会社の宿直をやったことがあるんですよ。これは宿直当番制度ってのがあってね。で、元旦の朝6時か7時頃、家に帰るんですよ。そのときにね、本当に銀座ってこんなに人がいなかったかな、って・・・そこを電車を走ってるってのがね。これまた、何にもないところをただ、カタカタ、カタカタとほとんど乗客も乗ってないで動いてるのがね。それを見て、なんだか「それでも、社会は動いているんだなあ」っていうね、感慨を持ちましたねえ。

>>それから間もなくして、都電の撤去が始まりましたね。

◇そう、都電の場合は第1次から6次までかな、少しづつ廃線になっていきましたよね。

>>でも今結局、オリンピック誘致も絡んで、銀座通りでももう一度都電を走らせようかっていう話も出てるみたいですね。

◇今、銀座は2つのものがあるんでしょうね。あのまちを再開発・再活性化するっていうなかで、ひとつは、六本木や汐留のような近代的な大規模再開発をやろういう意見と、もうひとつは旧来の銀座の街を保存して・・・実際に松坂屋を立て直そうというのに異論がでたりって話もあるんだけど・・・やはり銀座通りを昔の柳の並木だったり、藤山一郎なんかが歌っていたような昔の情緒を残していこうというね。

今銀座ってブティックがすごいでしょ。みゆき通りのほうかな、ああいうのは銀座の象徴だし、ああいう店って、お客さんが3階以上までなかなか上がってこない(笑)、イタリアやフランスでもそうなんじゃない?だから変に高層のビルができるよりも、高さを抑えて、スッキリしたまち並みにして、路面電車が走ってて、ブランド街や昔ながらの老舗が並んでいるというのが、本当は良いんでしょうね。

そういう意味で日本橋も今2つあるでしょ。高速道路を地下に潜らせるというのと、三井さんを中心にあそこでまた、すごい再開発をやるというのと。それらをどう調和させていくかっていうのがあるんだよね。

そういう中で、都市として交通機関はどうあるべきかっていうのは、日本の都市はあまり考えてこなかったよね。横浜もそうだけど。まちづくりの長期ヴィジョンをどうしていくかってことでは、イタリアなんかはもう、日本とは較べものにならないよね。建物の内装は変えても、外観は絶対いじらせないっていうよね、向こうは・・・そうやってまちの美観をきちんと、法律的にやる手もあるんだけど、観光のまちであったり、庶民の買い物のまちであったり、そうするとトランジットモールって発想も出てくるんだろうと思うけど、そういったことの整理がないと、路面電車をもう一回通しても、また「交通のジャマ」だなんて(笑)オチになるんじゃないかなんてね。考えますね。

>>旧いものと新しいものの調和というのは、路面電車の復活でも大きなテーマですね。

◇例えばね、この前ポルトガルのリスボンに行ったときも、次世代型の最新の路面電車も走ってるんだけど、28番っていう路線があってね。沿線のまち並みも旧いし、車両もポール集電式で、方向転換は運転手がわざわざ電車を降りて、分岐を鉄の棒でもって手で転換したりするっていうすごいレトロな路線があるんだよね。7

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わりと遠距離の路線は最新型の電車が走って、近場の下町のバイシャ地区を走るのが旧式の28番なんだけど、これが結構観光客で満員なんだね。下手すると、目の前の電車に乗れないくらいですよ(笑)。僕の見た所だと観光客が9割近いんじゃないかな。それと坂が多いから、上と下でケーブルカーが3路線あるんですよ。それで、まあ乗ってる時間はせいぜい3分くらいですよ。うち1路線は工事中で運行してなかったけど、川に近い下の路線と、上の方の路線と、距離にしたら300から500mくらいあるのかな。そのケーブルのところを車も走るんですよ。それは殆ど地元の人ですね。庶民の足としてはこれも欠かせない。

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2こういうケーブルカーの発想というのも・・・僕は日本のケーブルカーしか知らなかったんだけど、まちなかの交通手段だというのが新鮮だったね。1.2ユーロで、運転間隔は15分かな。

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もうひとつ、リスボン郊外にナザレっていう、歴史的な場所があるんだけど、これも大西洋の海辺の町と、山の上に町があって、そこを往復するケーブルカーがあって、それなんかは自転車もデッキに積んで走るんだね。自転車ごと乗り降りできる。それはかなり急勾配で、運転が15分間隔、乗ってせいぜい5分くらいだったけれど、乗客は殆ど地元の人だったね。

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◇これは、1963年に名古屋に駐在していて、お祭りを見に行った時にたまたま撮ったんですよ。今の都電なんか、混んでいるから花電車なんかきたら「何だ、乗せろよ」なんて文句が来ちゃうだろうけど、イベントとしては良いんじゃないですか?こういうのも、あったら楽しいものですよね。

今度横浜の市バスの廃止の問題があるでしょ。あれもね、会(横浜にLRTを走らせる会)で市長に意見書を出すことにしているんだけど、僕は、公営の交通が、赤字になったら一切やらないというのは、おかしいと思うんだよね。だったら、ゴミ収集や下水道が赤字になったら、一切やらないの?という話ですよ。公共の意味を間違えたら困るんだけど、今の都市整備のなかでも必要最小限のところは、税金を使うべきでしょう。赤字垂れ流しで良いというのは論外にしてもさ。交通の赤字一切ダメ!ってのも、極端だよね(笑)。

それと今も、交通行政についてのいろいろな諮問会議とか有識者会議とか、あるんだけど、利用者の視点は大切ですよね。(交通は)生活の一部分として、欠かせない大事な部分なんだから、利用者の声というのがどう事業に反映されていくかってことが、すごく大事なことだと思いますね。

そうすると路面電車ってのは、やはり単一の路線だけではあんまり意味がないのかもしれない。やはり昔の東京みたいに四方八方にネットが張り巡らされて価値が出て来ると思えるんだよね。何度も海外に行ったことがあるけど、思うのは、そのまちで線路があると方向とか方角が掴みやすいんだよね。バスは詳しい路線図があってもわかりにくい(笑)。

それとゾーン制の運賃と信用乗車が便利なんだよね。たまに検札があって、切符を持っていないと運賃の何十倍もの罰金を課せられるというね。でも殆ど検札に遭ったことはないけど・・・それに、信号の無い横断歩道で待っていても、自動車が停まってくれたりするんだよね。そういう社会を作って行くっていうのは、これからの日本でも大事なんじゃないかな。

>>なるほど、切符の制度を変えるということは、単に運賃の問題じゃなくて、社会を変えて行く、作って行くってことでもありますよね。交通全般の制度でも同じようなことが言えますね。今日はどうもありがとうございました。(聞き手:都電網研究会)

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